私たちは二次元の世界に暮らしています。

のっけからどうかしたかと思われそうですが、地上での人間の活動は引力の制約からほとんど前後左右に限られています。雲を眺めることはできても、自分の力だけでそこまで行くことはできません。つまり、知覚の上では三次元で世界を捉えながらも、運動の上では地上にへばりついた限りなく二次元的な生活をしているといえます。

蟻のように小さな虫は、引力の影響も小さいため高いところへも簡単に登れます。しかし、体のサイズや、近く(虫にとっては充分遠く)しか見えない視力から考えて、歩いている地表の(つまり二次元の)延長上に壁や樹の平面があるというだけで、高低の実感はあまりないかも知れません。

魚はどうでしょうか。魚は三次元を自由に移動しています。ただ、魚の視覚は獲物を追いかけたり敵から隠れる岩場を把握するくらいで、周囲の世界を広く知覚してはなさそうです。魚にとっては距離や位置よりも目に見えない海流の方が大事なのかも知れませんし、水面が世界の行き止まりです。

生き物のなかでも鳥は、三次元を自由に動きまわれ、カワセミのように水中まで飛び込んでしまうものもいます。鳥は、知覚の上でも運動の上でも三次元を十二分に味わっている、かなり羨ましい存在です。

鳥の視点で描いた鳥瞰図は人に一種の爽快感を与え、見晴らしのいい場所は誰もが好むところです。また高みから全体をつかみとることは考え方にまで変化を及ぼす力があるようで、飛行機乗りだったサン・テグジュペリは『人間の土地』のなかで、空から地上を眺めることで「いまにして人類の歴史を読みなおしている」と、小説にして随分と文明論を語っています。

物理的にはなかなか鳥のようにはいきませんが、せめて自由な目で世の中を見つめられたらと思います。