2004年01月

きをつけ・ばんごう・せいれつやすめ

 消防に礼式というものがある。

 健康状態や士気、身だしなみは良好か上官からチェックを受ける通常点検。きれいに隊列を組ませ、角度を変えたり、行進しながら列を横から縦に変えたりといった小隊操練。辞令や賞状の受け渡しに関する物品授受…

 指先の伸ばしぐあいから、つま先の角度、足を上げる高さに着地のしかた、歩幅は70センチで1分間に120歩のリズム、2歩半進んでこのタイミングで制帽を脇にはさみ受け取る、などなどこまごまと取り決められている。

 消防学校時代はけっこうな時間、この練習をした。
 動きが複雑なものはなかなかみんなが揃わず、どうすればよいか図を描いたりしながら夜も集まって行進してみたり、歩幅の感覚をつかもうと寮の部屋の床に70センチおきにテープを貼ってみたりした。

 はじめての礼式の授業。担当の教官が号令をかける。
 簡単な動作からやってみるが、うまく揃わない。
 中学校なんかでも体育の時間に号令でめんどくさそうにだらだらばらばら動くことはあったが、いま我々がいるのはそんなことが許される世界ではない。

 教官は言った。

 「いいか、『気をつけ』は『き』が聞こえた瞬間に動け!」
 「『整列休め』は『せいれーつ、やすめ』の『や』で動け!」

 そうか。そうすれば号令を言い終わるときには動きは完了していて、確かにきびきび見栄えもいいはず。みんな、気をとりなおしてもう一度号令を待ち、緊張して耳をすませる。

 「をつけぇっ!」
 「せいれーつ…すめぇっ!」

 「き」も「や」も言ってなかった。
 それでもそのうちにタイミングや動作の先読みができるようになったし、気合いが入った張りのある号令は小気味よかった。

 
 あれから数年。ここしばらく研修のため消防学校に通っていた。講義と講義のあいまに窓の外の訓練場を眺めると、入校したての学生達が小隊操練をおこなっている。
 ふと自分たちの当時のことを思い出し側にいる友人に笑いながら話すと、こんな話を聞くことができた。

 彼はあるとき元陸上自衛隊の人の話をきく機会があった。儀仗隊の指揮のスペシャリストだったというその人いわく、号令は言葉をはっきりと言わない方がよいのだそうだ。
 話のあと近くに行って、ところで実際は号令のときなんて言ってるんですか?と尋ねてみると、

 「おれは『ギュッ』って言っている。」
 「ぎゅっ?」


 「せいれーつ、ギュッ」
 「みぎむけー、ギュッ」

 これがどうやらいいらしい。

朝のリレー    谷川俊太郎

 
                 
『谷川俊太郎詩集(日本の詩人17)』河出書房
                
『これが私の優しさです』集英社文庫
 
『谷川俊太郎詩集』ハルキ文庫
 
に収録
 
 
■■ネスカフェのCMでつかわれている詩です■■
朝のリレー・寝顔篇視聴↓
http://jp.nescafe.com/tvcm/morning.html
スクリーンセーバーダウンロード↓
http://jp.nescafe.com/morning/ss.html

ちがいを楽しむ

 ネスカフェのCMが少し前に変わった。

 「違いを楽しむ人に、ネスカフェ・ゴールドブレンド。」

 以前のキャッチコピーは、
 「違いがわかる男」
であった。

(ちなみに一時期は「上質を知る人」だった。コーヒーは男がターゲットだったのか?男から人に変わったのは時代の流れか)

 ちょっとした「ちがい」だが、長年つかい続けてきたコピーを変えたうらには、どんな真意があるのだろう。


 人類の多くはながいこと、自分たちが暮らすせまい地域の外を知らずに生きてきた。
 山や海の向こう側は未知なる世界で、あこがれやおそれ、好奇心や探求心、そして想像の世界だった。
 ものごころがつく頃にはいつの間にか、地球がまるいことから宇宙のことまで知ってしまっている私たちにはなかなか理解できない思いを抱いていたことだろう。
 
(状況の変化がヨーロッパでおこる。十字軍遠征によりアラビア世界を知って刺激を受けた。ルネサンスによる学問の活性化。宗教改革による現世肯定と経済の活発化。そして大航海時代へ。)

 地理学や文化人類学といった学問は、世界の「ちがい」をずっと探求してきたようだ。
 地形のちがい。
 気候のちがい。
 眼や肌や髪の色。
 文化や風習、そして宗教のちがい。
 見るもの聞くもの触れるもの。目を瞠り、驚嘆し、ちがいの発見は心躍らせるものだった。

 「ちがい」は発見しつくした。
 「ちがい」は既に周知の事実となった。

 イデオロギー。宗教。民族。
 「ちがい」に固執すると争いが生まれることもわかった。

 「ちがい」ばかり見てきたから気づかないだけで、「ちがい」より「同じこと」のほうがはるかにおおいのだ。
 それを前提に、「ちがい」も楽しもうということか。

申・今年もよろしくおねがいします。

eekuno3x.GIF 宮崎県の幸島には芋を洗って食べるサルがいる。
 もともとは手で泥を落としていたサルたちだったが、今から五十年ほど前のある日、一匹のサルが川の水で芋を洗い、その四年後には幸島の七十五%のサルが真似をするようになっていた。
 そして、幸島のサルの多くが芋を洗うようになると、大分県の高崎山をはじめとして、何百キロも離れた地のサルも同じような行動をするようになった。
 この現象を見た科学者が、ある行動を行う者の数が一定の臨界値に達すると、群れ全体にとどまらず遠く離れた場所に生息する集団にも自然に伝わるのではないかと考え、「一〇〇匹の猿現象」と名づけた。
 現在、幸島では芋を海水で洗って塩味をつけたり、麦をまいてやると砂ごと拾って海に落とし、浮いた麦だけをすくったり、芋を両手で抱えて二足歩行するサルまで見られるそうだ。
 一匹の思いや行動が一定数の共通のものとなると世の中は変わる。無力感や虚無感に負けないで、一〇〇匹のサルのうちの一匹になればよい。
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